研究プロジェクト

研究プロジェクト概要 「老い」という現象は、身体の変化という生物学的現象であると同時に、社会文化的に構築された観念とイメージに覆われています。

こうした「老い」をめぐる文化に関して多角的な視点から社会間の比較を行い、それぞれの社会に生きる個々の人にとって「老い」がもつ価値を秤量していこう、というのが本研究「『老いの文化』の形成と機能に関する比較に基づく人類学的研究」(比較老年学研究)の主な目的です。

対象とする地域は、日本、北欧、東南アジアですが、それら個別社会における「老い」の生活だけでなく、ヒト以外の霊長類社会における「老い」も対象としています。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

こうした対象を比較することで、人々の間に「老人」(「老いた」もの)という語で指示される、あるいはこうしたカテゴリーでまとめられる存在が形成されていることと、それが問題として設定されることになる事態とのあいだの論理的関係を問い直す、という意図があります。

研究地域

学術的背景

・ 人文社会科学における「老い」

人文社会科学において、社会における老人(高齢者)の存在と位置づけというものは、実践的に解決されるべき問題として語られる傾向があります。その背景には、経済的効率や政治的単位を前提とした認識があると考えられます。

そこで本研究は、このような「老人」(「老いた」もの)という語で指示される、あるいはそうしたカテゴリーでまとめられる存在が形成されていることと、それが問題として設定されることになる事態とのあいだの論理的関係を再考することを趣旨とします。

老人問題と結びつけて議論されることの多いものの一つに福祉がありますが、初期の人類学の理論は、福祉社会や市民的連帯の必要性(必然性)を理論的に基礎づけるものとして位置づけられます。

たとえば、R・ベネディクトによる障得のある少数派の多数派文化への適応の理論化、B・マリノフスキーによる個人の生物的な必要(need)に対する給付としての社会機能、マルセル・モースによる贈与と互酬性の体系についての考察といった理論は、スエーデンの福祉活動家ニィリエや英国の社会政策学者R・ティトマスなどに社会福祉の概念的支柱を提供したことが指摘されます。

こうしたことから、「老い」が形成される社会の在り方そのものも対象とする本研究の取り組みは、個人としての老年期の心身状態の変化についての検討と同時に、諸個人とその関係の集合としての社会の持続を保障する慣習と制度の変質の可能性についての検討につながる、ということができます。

 

・ 人類学と老年学

老年学は30年以上にわたって人類学との連携があります。アメリカにおいては、「人類学と老年学の(連合)学会(Association for Anthropology and Gerontology)が1978年に発足しました。日本でも1981年に片田順が『老年と文化:老年人類学入門』を著し、翌1982年には日本民族学会(現日本文化人類学会)の学会誌『民族学研究』誌上で「老人研究」の特集が組まれ、現在まで研究が蓄積されてきています。

その大部分は、老人共同体(「老人の町」)や、ナーシングホーム(老人ホーム)の民族誌的研究であり、閉じた社会空間内での集団文化と儀礼による一体感の醸成、ハイアラーキカルな関係を内在する制度としてのホーム内での権力関係批判といったことを主題としてきました。

そうした研究は多大な具体例を提供してきましたが、相対的に閉じたミクロな社会空間での綿密な調査という文化人類学の伝統的な手法に依拠することから、「老い」の総体に関わる人類学の主題としては、やや限定されたものにとどまった(ている)観があります。

 

本研究の取り組み

本研究は「老いた」人が存在する社会空間を閉じたものと限定せずに、「老い」の生活そのものに焦点を当てるものです。そのため、囲われた制度内における一様な「老い」ではなく、「老い」の多様性を確認することを軸に展開していくことになります。

この「老い」の多様性は、二つの多様性に由来します。一つは人間集団間の文化の多様性です。そしてもう一つは、ある一定の文化的前提の中で、個人(個体)間のレベルでさまざまなかたちで連続性をもって生成する多様性です。

この二つの多様性に即して、比較による検討を行います。具体的には、個別民族誌的研究と、生物種としての普遍的特性に関わる人類学的比較研究、およびその中間領域での文化比較という三つの軸にそって進めていきます。

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